というわけで(って、どういうわけだ!)、本日は「五つの実行」についてです。そう簡単には、神様へのご邂逅はできないのですが、その前に、お釈迦様が説かれた、彼の岸、彼岸(極楽)に到達するために必要な修行について確認しておきます。それが「六波羅蜜(到彼岸)」と言われているものだそうで、これらの修行によって極楽に行ける、つまりは、そこで「神様と会える」、否、お釈迦様?観音様?大日如来様?会える、としても、おそらく皆さんも、「死んでから行く彼岸でしか会えないのかよ」、と文句を言いたくなるとは思います。ですが、先ずは、その六つの修行とは、
① 布施 その中に五つ(くらい)あるようで、
・財施:お金、食べ物など形あるものを寄進するもの。「お布施」のことを「喜捨」とも言いますので、財でいえば喜んで捨てられる金額が「財施」です。
・法施:教えや自身の経験からの学びを周りのたくさんの人に伝えることです。こうやって、ブログを書いていることも自分としては、「法施」です。私の想いを必要としている方(もしいらっしゃれば! 居てほしい、居るはずだ、居るに違いない!)へ、メッセージとして届けたいという思いです。
・身施:捨身施(しゃしんせ)とも言うそうで、損得を抜きにして、自分の身体を使って奉仕することや、不快感を与えない礼儀作法や身だしなみも含まれるようです。ボランティアや自分のできることを探してお掃除やゴミ拾いをすることや、相手からの頼まれ依頼に快く応じることも入るそうです。大谷選手のゴミ拾いやビートたけし氏のトイレ掃除なども、身施ですね。
・無畏施:恐怖や不安、脅えや慄きなどを取り除いてあげて、安心させてあげること。
・顔施:「和顔施」や「和顔悦色施(わがんえつしきせ)」ともいわれるもののようです。いつも和やかに、おだやかな顔つきをもって人に対することです。美しい心で惜しまずに投げかけられる笑顔ほど、こころ温まるものはないでしょう。
② 持戒:戒めを守ることですので、日常的なことでいえば、約束の厳守、時間の励行でしょうか。
③ 忍辱:「にんにく」と読みます。侮辱、迫害を忍びこらえて、相手を恨まない。不平、不満、愚痴を言わない心ですが、なかなか、難しい。根も葉もないことを言いふらされて、貶められても、知らんふりを決め込んで、そんなことに心を惑わせられないこと。「三つの心言」の二つ目ですね。
④ 精進:「しょうじん」と読みます。これは、よく国語のテストで狙われます。ひたすら仏道に励むことですが、悪行を止めて、心を込めて善行を行うことでもあると思います。同じ道でも「茶道に精進する」とは言いますが、「極道に精進する」とは言わないですよね。
⑤ 禅定:座禅や瞑想だと解しています。静かに祈る。もちろん、自分の潜在意識とも調和して、隣人を、世界の平和を、祈る。「三つの心言」の一つでもあります。
⑥ 智慧:真理を明らかにし、悟りを開く働きですので、聖賢のみ教えを拝読し、真理を学び、正しいしい知恵で物事を判断していくこと。
こうやって確認していくと、「こんな大変なことを実行しないと、簡単には極楽にはいけないのか」と思いましたら、何とこの「六波羅蜜」の修行は、
観世音菩薩(観音さま)とか虚空蔵菩薩(虚空蔵さま)と云われる菩薩と云うことは、求道者、仏道修行者と云う意味を持つもので、仏教の信者として六波羅蜜(六度=布施(ほどこし)・持戒(規律)・忍辱(たえしのぶ)・精進(努力)・禅定(おちつき)・智慧(学ぶ))を実践実行しなければならないとされています。
「『無財の七施』~誰でも出来る仏道修行 七つの施し」 | 法華宗真門流より
とあります。何と「六波羅蜜」の修行は、観世音菩薩(観音さま)とか虚空蔵菩薩(虚空蔵さま)とかがされるもので、一般ピーポーとは無縁のもの、らしい?
でも、私たち一般ピーポーでも目指すべきもでもあることは、間違いないと思うのです。というより、ずっと私はそう思ってました。
で、「五つの実行」ですが、この「六波羅蜜」の修行との関係で説こうと思っています。
が、もう、1,700字。今日はこの辺で、終わっときます。次回こそ、「神様との邂逅」のための日々の実行メニューをお届けします。
お楽しみに。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
① 日参
② 朝夕拝
③ ご浄霊
④ 献金
⑤ 拝読
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